
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
制服姿の若い女性社員に応接ソファに通された田中は、改めて質実剛健の事務所内を見渡した。 無駄な経費はなるべくかけないよう社長室はない。ソファも合成皮革だが整理整頓がゆきとどき、清潔に保たれている。 古参の事務員が飾る一輪挿しも絶えることがない。 出されたお茶もほどよい温度でしっかりお茶の風味があり、淹れ方にも気配りが感じられる。 こういう会社が日本を支えてきたんだな、と感じ入る田中である。
「こういう会社のために、自分は保険の伝道師となって少しでもお役に立たなくては。」
一人うなずく田中。受付のまねき猫と目が合ったような気がしてちょっと顔がほころんだ。
「いや、お待たせいたしました。」
社長の松男が合皮のソファの向かいに座った。作業服姿である。
「その節はお世話になりました。母や妻、妹たちまでみんな相談に乗ってもらって喜んでいます。
お金の件は第三者の専門家に入ってもらって話し合うことが必要ですね。
田中さん、自分の身をもって体験したことをもとに商品を提案するし、自分が加入している保険証書を全部見せるでしょう。あれ、インパクトありますね〜。」
うれしそうにしゃべる松男。会長が存命のときはどこか遠慮があったが、いまや自分が会社の大黒柱だという自覚が出たのか、立ち振る舞いに堂々とした自信が感じられる。 よいことだ、と田中は目を細めた。
「今まで御社は保険に入らないのがモットーでしたよね。」
お茶をすすりながら尋ねる田中。
「そうなんですよ、会長の代でお願いしてた税理士さんが保険嫌いという理由だけで。 妻の勧めで田中さんと顧問契約してじっくり相談しようと思った矢先、会長がなくなって…。ほんと大変でした。 でもね、会長の件でしみじみ思いました。今、僕に万一のことがあったら従業員はどうなるんだろうって。 設備投資をして、銀行にかなり借金もありますからね。」
同じようにお茶をすする松男。
「社長さんの多くが売上増大・経費削減などに関しては常に努力をされておられるのですが、不思議なことに、社長ご自身の生命保険に関しては、かなり大雑把に考えられている方が多いです。 会長もお亡くなりになってから生命保険を拝見しましてね、もっと早くに出会えていたら色々な対策がとれたのになぁと残念でした。」
お茶を飲み干す田中。
「保険って個人のものでしょう?会社でも保険で何か対策できるんですか?」
びっくりしてお茶を噴き出す松男。
「そうなんです。家族のほかに従業員、そしてその家族に責任がある経営者のみなさんは、もっと真剣に保険のことを考えるべきですね。 会社で掛けるべき保険と個人で掛けるべき保険は違うんです。会長の保険も65歳で特約が切れていました。お亡くなりになったのは72歳ですよね。」
穏やかに微笑む田中に松男は詰めよった。
「い、今すぐ証書を見てください。相談に乗ってください!光江ちゃん、お茶おかわり!」
「あの女性社員は光江ちゃんというのだな。」そんなことを思いながら腰をすえて相談の準備にとりかかる田中であった。